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悲劇のヒロインぶるのもうやめます宣言

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そうだ。そうだった。

物心ついたときからずっと、わたしは「悲劇のヒロイン」になりたかったんだった。

 

ここに宣言します。

悲劇のヒロインぶるのもうやめます。

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ずっとセーラージュピターの“まこちゃん”になりたかった

小さい頃、私の世界はお父さんとお母さんと二人の弟とセーラームーンで構成されていました。

とにもかくにもセーラームーンごっこが大好きで。父の実家に帰省するたび、なぜかいつもおじいちゃんを悪者役、おばあちゃんをタキシード仮面様役(!)に指名し、私はいつもセーラージュピターでした。うわー懐かしー

 

でもどうして、主人公のうさちゃん(セーラームーン)やあみちゃん(セーラーマーキュリー)ではなく、“まこちゃん”になりたかったんだろう。それは、彼女の持つ悲しい過去が関係していたのかもしれません。

 

まこちゃんには、こんなキャラ設定があった

・子どもの頃に飛行機事故で両親を亡くし、以来飛行機のエンジンの音が苦手で高所恐怖症

・先輩への失恋をずっと引きずっている

 

小さい頃からずっと、私は女の子らしい可愛い女性ではなく、強くて芯のある女性に憧れを抱くことが多かったのですが……(小さい頃は空手を習いたかった!)

無意識のうちに、まこちゃんの「悲劇のヒロイン」要素に惹かれちゃったのかなあ、なんてふと考えたりするのです。もちろん、悲しい過去を持っている=好き!と直接的な因果関係はないと思います。でも、幼いなりにまこちゃんの強く美しく、悲劇に屈しない姿にドキューンとメロメロだったのかもしれません。

 

他にも、不朽の名作「ONE PIECE」にズキューン

ベルメールさぁああぁぁあん!!!!

クソお世話になりました!!!!

(弟が買ってたのを読んでた。久しく実家に帰ってないので私の中ではゾウに辿り着いたところで時が止まっています)

 

ドラマ「ウォーターボーイズ」の立松憲男くんにバキューン

森山未來かっこいい。あーもうひたすらかっこいい。だけではなく。 

ドラマでは、いつもふざけてばかりいるひょうきんな彼の裏の一面として、御曹司が故の葛藤みたいなのが描かれていた。

 

 

わたし、ドラマやアニメや漫画にハマることってあんまりなくて。

それでも、ハマるときは現実に戻ってこられなくなるほど奥深くまでハマってしまうのです。そんな大好きな作品たち、全てが全てじゃないけど、ちょっと共通点があるようにも思う。それは「悲しい過去を持っていること」。

強いひと、ひょうきんなひと、明るいひとの笑顔の裏に隠された悲しい過去。わたくしそういうのにめっぽう弱い。

ていうか、そもそもドラマや映画やアニメに出てくるひょうきんなキャラクターの「悲しい過去持ってる率」けっこう高くないですか!?その泣ける演出に私はいつもドキューンズキューンバキューンと心を鷲掴みにされてきました。ええ、言われなくてもわかっています私はものすごく単純明快な女です。

 

そうしていつしか私も「悲しい過去を背負いながら、気丈に振る舞い笑顔を絶やさない強い女性」になりたいと思うようになってしまっていた。

 

 

物語のようにうまくはいかない。できあがったのはアイタタタな私。

悲劇のヒロインになりたーい!と大声で叫んでみても、悲劇降ってこーい!と星に願ってみても、悲劇なんてそうそう起こらないもの。ましてや自分から望むような、悲しいんだけど頑張れば乗り越えられちゃうぜってレベルの、そんな都合のいい悲劇なんてあるわけがないのだ!

 

そう、悲劇とは、青天の霹靂のごとく唐突にやってきて、心のやわらか〜い部分にドカドカと土足で踏み込んでくるもの。予測できる悲劇だったら、ふつうは回避しようと努力する。なかなか適当な悲劇が起こらないので、私は中学生の頃から悲劇をつくりあげるようになりました。

 

いつのまにか悲劇のヒロインになるために努力しちゃってた(激しく後悔)

自分でいうのもなんですが、私たいていのことはそこそこできるタイプで、負けん気も根性も人並みにあると思っています。だから、学校でもみんなの前で叱られることよりほめられることのほうが多かった。

そうすると、だんだん焦ってくるわけです。

「やばい、このままじゃ悲劇のヒロインになれない」って。

「みんなから嫌われちゃう」って。

はあ、損な性格。ほめられたら嬉しいくせにいつも素直に喜べない。

 

いつしか、周りの人から「すごいね」「えらいね」ってほめられるたび、

「いやいやそんなことないよ、だってね」って、引き合いに自分の失敗談や不幸自慢をする癖がついてしまった。

  

そうやって、みんなから同情を買うことで満たされるアイタタタな女になってしまったのです……! 

 

 

2016年 待ちに待った(はずだった)本当の悲劇が私を襲った

うーん。今年は人生のどん底なんじゃないかってくらいいろいろありまして。

あんまり詳しくは書けないのですが……

残りの1ヶ月がとにかく無事に、ただただ平穏に過ぎ去ることを毎日祈っております……

体も壊しかけて、会う人会う人みんな「大丈夫?」って心配してくれるように。

腫れ物に触るように、慎重に、慎重に。

そんな周りの優しささえも辛くなっちゃって申し訳なくてもうダメかと思ってました。

 

この間、幼なじみが飲みに連れてってくれました。

慰めてくれるかと思いきやこう言われた。

 

 

「なんかさ、まなかって不幸を呼び寄せる性格だよね」

 

 

な!!!!!

なんだって!!!!

私のことそんな風に不憫に思ってたのか!!!!!

だったらもっと早く言えよばかやろーーー!!!!!(泣)

 

 

 

ショックでした。

お酒も抜けた帰り道、柄にもなく夜空見上げちゃったりしてトボトボ歩いた。

  

 

私、不幸なんだろうか。

 

このまま一生幸せになれないんだろうか。

 

 

気がついたら私、悲劇のヒロインになりたかった夢を叶えちゃってた。

でも、私の思い描いてた夢と現実はまるで違った。

悲劇のヒロインって、もっとこう、強くて、気丈で、きれいで、いつも笑っていて、幸せそうで。

憧れのまこちゃんのような女性になりたかったのに。

なのに私は、ただただ目の前の嫌な出来事に翻弄されて、

そよ風が吹くだけで涙ホロリみたいな、ぼろっぼろのスッカスカのメンタル提げて

あっちでもこっちでも不幸自慢を繰り広げ、それでも前を向いて頑張ってる女を演じてた。

 

うわぁぁぁイタい。イタすぎる。

そして面倒くさすぎる!!!!!

 

悲劇のヒロインみたいに、無条件にみんなから愛されたかった。

ほんとは悲劇が欲しかったんじゃない。

悲劇の先、同情のもっと先にある、愛が欲しかったのかも。なんてね。うわぁきもい

 

 

そもそもたいしてかわいくもないくせに(職場ではもっぱらゴリラと呼ばれています)「ヒロイン」だなんて、柄じゃない。

おいおいまなぞう!目を覚ませ!お前はハッピーゴリラだろう!

そうです私は今この瞬間から悲劇のヒロインを捨てハッピーゴリラとして生きてゆきまウホ。

 

今後ともハッピーゴリラまなぞうをよろしくお願い申しあげまウホ。

 

おわり。