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【婚約別居5ヶ月目】日常が日常じゃなくなるとき

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婚約者と別居して5ヶ月が経とうとしています。

月1回はお互いが行き来して会えてはいるものの、

なんたって今まで一緒に暮らしていた人が

フッといなくなってしまった寂しさは想像以上で。

年末まではかなりずるずると引きずっておりました〜

 

 

ちょっと前の話になりますが、

クリスマス前から年始にかけて約2週間、彼がおうちに帰ってきました。

そうそう、これだ。って感覚。(笑)

特別なことはなんにもないけど、そんな普通の暮らしが当たり前のように明日も明後日もやってくる、安心感とか居心地のよさ。

 

 

 

今までは、これが私の日常だったんだよな。

 

 

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わたしたちの同棲が終わりました

この家で彼と過ごす年末年始休暇もあっという間に最終日です。

2017年は私がルームシェアするとかしないとか?なので、

この機会に彼の服や私物をまとめて金谷に送って、家の鍵を置いていってもらった。

はー。悲しかったーーーーーー。(私がお願いしたくせに)

 

大学卒業後、就職と同時に二人で住み始めたこの家は、

これから私が友人たちを招いて愉快に楽しく暮らす家になるのだろう。

彼の物や二人の物は、少しずつ部屋の隅に追いやられて埃をかぶっていくことになるのだろう。

彼と一緒に選んだソファもテレビも物干しも、もう二人のものではなくなるのかな。

 

越してきたばかりの頃、

何にもなかった殺風景な家にだんだんと家具が揃っていった喜びも、

家事の分担がうまくいかなくてケンカした思い出も、

くだらないことで大笑いした時間も、

悲しい記憶も、

知っているのは私だけ。

 

私の今までの日常は日常ではなくなって、きっとこれから新しい日常がつくられる。

これからの生活を想像すると、楽しくなること間違いなしですっごくワクワクする!

だけど、これまでの生活を思い返すとちょっと寂しい。

 

 それでも慣れていく私がいます

彼がこの家を離れ、東京を離れ、
「いないことが当たり前」の生活が始まってみると、
不思議ですね、あんなに寂しい寂しいと思ってたのに、

その回数も少しずつ減っていって、
今じゃ寂しい!と思わなくなってしまったことのほうがあたしゃ寂しいよ。トホホ

 

「今日はねこんなことがあったよ」なんて
毎日連絡を取り合っていた学生の頃とは違い、
なんか、なんだか、へっちゃらになっていく自分がいます。


年のせいでしょうか。

私、大人になったんでしょうか。

 

遠距離恋愛と呼べるほど遠距離じゃないし、
婚約してるから浮気の心配もないはず!(だよね?笑)なんだけど、

遠距離恋愛が難しいとされるのは、難しいと私が感じているのは、きっと、
お互いに「好きでいる努力」をし続けなければ成り立たないからだと思う。

こう文字にするとなんとも、まるで私が「努力しないと好きでいられない」と思ってるように見えるかもしれませんが、うーん、そうじゃなくって。

 

彼を忘れないこと。

 

この覚悟めいた気持ちがないと、

彼がいない日常に飲み込まれていきそうになるのです。

 

 

日常が日常じゃなくなるとき、人はけっこう狼狽えるから、

なんでもない日に感謝できるようになりたいなあ、と思いました。

そして、良くも悪くも人は変わるし、人を取り巻く環境だって変わる。

その変化を楽しむ余裕が欲しいものです。

そして、過去を見て嘆くんじゃなくて、未来を見て恐れるんじゃなくて、

「いま、ここ」をいちばん好きだと思えるように、がんばるのみなのです。

 

そうそう、「いま、ここ」というのは今流行りのアドラー心理学から

頂戴した考えであって、すごくいい!と思った次第です。

 

 

別居生活を続けると自分で決めたのだから、

悔いの残らぬよう、彼に恥じぬよう、

私らしくこの1年過ごしていきたい。

当たり前が当たり前であることに感謝して。

 

 

いつの日か、また彼と一緒に暮らすときは、

そのときはもう「同棲」じゃなく家族になるとき!だといいな◎

 

そんなセンチメンタルな夜を過ごしております。

まとまってないけどおわり〜

(これは後で読み返して恥ずかしくなるやつですね)