manazo.com

まなぞうドットコムです。

それでも私は電車で席を譲る

【スポンサーリンク】

この間、電車でおじいさんに席を譲った。


そのもう少し前も、電車でおばあさんに席を譲ったっけ。

 

比べたことはないけれど、たぶん、私は電車の中で誰かに席を譲った回数は多いほうだと思う。良い人自慢?そうかもしれません。でも私は「ご老人が電車に乗ってきてから席を譲るまで」の間、かなり迷い、葛藤し、時には冷や汗をかくほど、命がけで声をかけている。これはもう確実に病気の域である。

 

f:id:mannaca:20180201001502j:plain

 「あ、おじいさんが乗ってきた」

仕事柄、出勤ラッシュ知らずの私は、平日でも割と頻繁に電車の中でお年寄りに遭遇する。
ゆっくりとした歩調で、転ぶまいとあらゆる手すりに掴まりながら、車内の空席を探すおじいさんを見て、私も自然とキョロキョロ空席を探し始める。まあ、そういう時はだいたい埋まってるのだけど。

 

 

そこから私の戦いが始まる。


このおじいさんに声をかけるべきか、否か。


見るからにtheご老人、という風貌であれば声もかけやすいのだが、最近はパリッとしたスーツに身を包み、背筋のピンと伸びた現役バリバリサラリーマンおじいちゃんや、ニューヨーカーもびっくりファッショニスタなおばあちゃんなど、パッと見ではその人の年齢や健康状態がわかりにくく「この人に席を譲るのは逆に失礼なのでは!?」と思ってしまうことも多々ある。

実際、私は高校だか大学のときにおじいさんに席を譲ろうと声をかけてムスッとされたことがある。その人のことは実際よく覚えてないが、見るからにヨボヨボ(あえてそう表現したい)であっても、席を譲ることによってその人のプライドを傷つけてしまう恐れだってある。

 

巷では「妊婦さんに席を譲ろうと声をかけたら、妊婦さんではなく、ふくよかな体型の女性だった」といった珍事件も発生しているらしい。ぽっちゃり女子のプライドがズタズタである。もし万が一私が声をかけられたら、きっと私は心の中で泣きながらとっさに身重のふりをするだろう。何ならつわりの演技までする。(さすがに嘘)

 

 

そうこうするうちに、席を譲った後の自分の居場所も心配になってくる。そこまで混んでいない車内であれば、1ドア分くらいスッと離れて、何事もなかったかのように音楽を聴き始めたり、スマホを触ったりできる。これが理想。でも、混んでいる車内ではそうもいかない。お年寄りに席を譲った後、私はそのお年寄りの目の前に立つことになる。「ここどうぞ」と譲っておきながら、「私あなたに席譲ったから立ってるの、ほら、ねえほら」といわんばかりに視界に入り込んでくる威圧感といったら。あんまりないかもだけど。でもやっぱりなんだか、恩着せがましく見えないだろうか。

 


さらに、今度は私とおじいさんの周りにいる乗客のこともだんだん気になってきた。お年寄りの方が私の目の前に立ってくれればまだ声をかけやすいものの、ちょっと遠くとか、背を向けて立っているとか、そういったときは尚更。

私が席を譲ったら、席を譲らなかった周りの人たちはどう感じるだろう。私のことを「何アイツ、いい人ぶっちゃって」と不快に思う人はいないだろうか。もしくは近くにお年寄りがいることに気付けなかった、気づいていても譲ることができなかった自責の念にかられてしまう人がいるんじゃないか。おじいさんの目の前に座ってスマホをいじいじしてるこの若者に、恥をかかせてしまうんじゃないか。

私の他に、おじいさんに席を譲りたくて譲りたくてたまらない乗客と同時に声をかけてしまった結果、ダチョウ倶楽部さながらに「じゃあ俺が」「じゃあ俺が」「どうぞどうぞ」みたいなオモロい空気になってしまうんじゃないか。(それはそれでOK!)

 

そんなの誰が気にするんだよ、って自分でも呆れてしまうのですが、私は毎回そんなことを考えてはどんどん苦しくなって、心臓がドキドキ、冷や汗がじんわりしてくるのです。
はあ、もう、ぐったり。
なんなら代わりに誰かこの老人に席を譲ってやってくれ。
いや、でも今座っている人たちにも、座りたい理由があるから座っているのだ。座る権利は誰しもにある。


ならば、やはり私が・・・ーーー!!!

 

 

 

 

「あの、よかったら、ここどうぞ」(引きつった笑顔)

 

 

 

 

 

 


見知らぬ他人に声をかける勇気。


「思いやり」って、勇気が要るものです。

 

 

 


席を譲った後は、なるべくそのご老人と目を合わせないようにしています。またいろいろ考えちゃうから(笑)

 

でもふとした瞬間に目が合うと、決まってみなさんニッコリと笑ってくれます。

 
私はその笑顔を見て、やっとちょっとだけ自分を褒めることができるのです。

 


そんな私に、夫はいつも席を譲ってくれる人。

(なにこの素敵な締めくくり)