manazo.com

まなぞうドットコムです。

女優になりたかった私が行き着いた先は「欽ちゃんの仮装大賞」だった。

【スポンサーリンク】

十数年前のことになる。

小さい頃から多感で目立ちたがり屋だった私は、将来女優になりたいと思っていた時期がある。

大人になった今、この顔でwwwwwwwwと普段使わない「w」を多用してしまうほど、早々に自分の顔面偏差値に気づいて諦めがついたからよかったものの、小学生の私は一時期本気で夢を見ていた。

 

f:id:mannaca:20180407155546j:plain

 

 女優を夢見たきっかけ

小さい頃から、強くてかっこいい女性への憧れが強かったと思う。

セーラージュピターが世界で一番かっこいいと思っていたし、その次は忍者戦隊カクレンジャーのニンジャホワイト、舞鶴が宇宙で一番かっこいいと思っていた。

アニメではなく、実写の番組(戦隊モノなど)を見るようになってから、「この女の人は本当は普通の人で、お芝居をしているんだ」ということをなんとなく理解していった。そこから、お芝居や演技をすることで、私もニンジャホワイトみたいに強くてかっこいい女性になれるんじゃないかと思ったのである。

さらに、当時私が習っていた新体操クラブの卒業生の中に、ディズニーランドのパレードで活躍している方が何人もいるという噂を聞いたのだ。確かめたわけではないが、たぶん、本当なのだろう。

 

なんだって。

あの夢の国で、人々を笑顔にするだなんて。

なんて素敵なんだろう。

自分がパレードで踊っている姿を想像するだけで、胸が高鳴った。

 

お芝居や、ダンスや、何かを表現することを通して人々を幸せにするお仕事。

新体操の先輩たちにできるんだったら、私にもできるかもしれない。

憧れは、目標に変わっていった。

 

そんなことを考えていたとき、「りぼん」だか「ちゃお」だか「ピチレモン」だか、女児向けの漫画?雑誌?の広告で子役オーディションの案内のページが目に留まった。これだ。

 

「お父さん、お母さん、私これに応募してみたい」

 

両親は絶句していた。 

何を言われたかあんまり覚えていないが、「身の程を知りなさいこのブス」的なことを、我が子のプライドを傷つけぬよう何重にもオブラードに包み、ものすっごく優しく諭されたような気がする。

  

それでも諦めきれなかった、芸能界

テレビの向こう側はどんなに煌びやかな世界なんだろう。

舞台の上でスポットライトを浴びる感覚は、どんなに気持ちいいんだろう。

少女まなかは思いを馳せていた。

 

そして、あるテレビ番組を見ていて衝撃が走った。

これだ。これなら私にもチャンスがある。

テレビの向こう側へ行けるかもしれない。

 

 

それは、「欽ちゃんの仮装大賞」だった。

 

 

「お父さん、お母さん、私これに応募してみたい」

両親はまたもや絶句していた。

なんなんだ、この子は。

一体何がこの子をこんなにも掻き立てるんだ。

そう思ったに違いない。

 

しかし、両親から返ってきた言葉は、

まさかのYesだった。

 

家族の挑戦が始まる。

あろうことか、この私のわがままは家族5人全員を巻き込む一大プロジェクトとなる。

監督はもちろん私。来る東京オーディションに向けて、始動!

 

私の中で構想は決まっていた。

タイトルは「ジェットコースター」

欽ちゃんが、「◯番、ジェットコースター!」と振ってくれる声が聞こえてくるようだった。ああ、欽ちゃんに会えるのが楽しみだ。

 

私、父、母はジェットコースターのレール役。弟2人は乗客役。巨大な箱をテレビに見立て、ジェットコースターの映像が流れる様子を仮装で再現しようというものだった。一番の見せ場は私の側転である。今思えば、小学生の女の子が側転するところなんて全然凄くないしテレビ的に何にも面白くない。でもその頃の私は、側転でジェットコースターが1回転する様子を表現するという発想が、天才的だと本気で思い込んでいた。

ホームセンターで木材やプラスチックの板などを購入し、部屋をひとつ潰して巨大セットを作った。あーでもないこーでもないと言いながら作品を作っていく。根気のいる作業だった。何度も何度も練習した。ビデオに撮っては確認し、改善を繰り返した。喧嘩もした。弟は幼心に「何をやらされているんだ」と思っていたに違いない。弟よ、あの時はごめんな。というか私以外全員「何をやらされているんだ」と思っていたんだろうな。みんなごめん。 

 

そして、オーディション当日。

家族5人、気合を入れてテレビ局に乗り込む。

和気あいあいとおしゃべりしながらメイクしている常連チームや、真剣な様子でセットの最終確認をしている人たちに囲まれて、入れたはずの気合はみるみるしぼみ、家族5人萎縮して隅っこで立ちすくんでいた。テレビの向こう側の世界を初めて見た気がした。

こうしちゃいられない。円陣を組む。

父、母、私は水色の全身タイツを身にまとい、顔まで水色に塗ってもらった。

両親の全身タイツ姿を拝むのは後にも先にもこれきりだと思う。

弟2人もおしゃれして、最高にクールだ。

 

オーディションが始まる。

異様な緊張感が会場を包む。

 

順番に発表していくのだが、この空気がなかなかに凄い。感動モノの超大作ならいいのだが、こう、なんというか、一発芸ぽいクスッと笑えるシュールな仮装の場合の空気感といったら。子どもながらに戦慄した。

スポットライトを浴びるためには、この空気にも耐えなければならない。超越しなければならない。テレビの向こう側の世界は、想像の何百倍もシビアだ。

 

「それでは、次スタンバイお願いします」

 

スタッフさんに呼ばれる。

いよいよ私たちの出番がやってくる。

緊張は最高潮に達した。

 

テレビに見立てたセットの中で、弟2人がダンボール製のジェットコースターに乗り、「カタカタカタ……」と登っていく様子を演じる。迫真の演技だ。

父と母は背中を向けて登場。右手から背中を通って左手まで、レールに見立てた1本の赤いテープが貼ってある。父と母が一心不乱に両腕をクネクネさせる。その上をミニチュアのジェットコースターが駆け抜ける。横から弟たちが「きゃー!」「うわー!」と叫ぶ。いろんな意味で恐ろしい程のクオリティである。

臨場感もMAXのところで、私が全身を使ってジェットコースターの1回転を表現する。何度も練習した側転のお披露目である。

見事、決まった。大成功だ。 

私たちの発表が終わった。

 

全身タイツ姿の両親と、弟たちと一緒に、横一列になってお辞儀をする。

緊張と興奮であまり覚えていないが、審査員たちはみんな頭を抱えていたように見えた。

審査員の一人が、弟たちに「そのジェットコースターに入りながら、前向きから横向きになれるかな?」と声をかける。私たちの作品に可能性を見出してくれているのだろうか。弟たちは見ず知らずのおじさんを警戒しながら言われた通り動いてみる。その時私は「なるほど、この人見せ方うまいな」と、不思議なくらい偉そうな態度で話を聞いていた。本当に可愛くない子どもだ。

 

「うーん。はい。ありがとうございました!最終結果はすべての審査が終わった後発表します」

 

顔の塗料を落とし、服を着替え、結果を待つ。 

結果が出るまの時間は恐ろしく長く感じたが、他の人たちの仮装を見ては笑ったり感動したりと完全に観客目線で楽しく過ごせた。

 

 

結果は、予選落ちだった(当たり前wwwwww)

 

テレビに映ることもなければ、欽ちゃんにも会えなかった。

女優になりたかったけど、なれなかった。

でも、全身タイツで側転したあの瞬間だけは、私は、私たち家族は、きっとテレビの向こう側にいたんだ。

 

達成感と疲労感でいっぱいで、私たちはテレビの向こう側からこっち側へ帰ってきた。

 

今思うと、娘のアホみたいな挑戦を笑わず、本気で協力してくれた両親と、巻き込まれたけど最後まで文句言わなかった弟たちには感謝ですな。いい家族だった。

 

そういうわけで、私は早々に女優を諦めたのです。